"A Perfect Drug" 

-寺田弘先生を偲んで-

NPO法人システム薬学研究機構

理事 江口至洋

 

NPO法人システム薬学研究機構の事務室で寺田弘先生に最初にお会いした時に「このシステムはsystematicという意味だよね」と話された。先生のNPO法人への想いは強く、設立以来いつも笑顔で暖かく支えてくれてきた。これからも寺田先生の意思を大切にしていこうと思っている。

かなり前からがんと闘っていられるとは聞いていたが、いつお会いしてもいつもの笑顔で「がんと闘い」つつ、「がんと共に」過ごされていた。そのお姿を見る度に、「この方は超人的な方」だと感服していたのを思い出す。

201911月、バンコクに出張される直前の寺田先生から20201月に会食の調整をしてくれとの連絡があり、東京駅でお会いすることにした。その時、読んでみてくれと言って渡されたのが日本医療情報センター(JAPIC)の会長として“JAPIC NEWS” (1 January, 2020) の巻頭言に書かれた“A Perfect Drug”である。

先生の言われる「完全無欠な薬 Perfect Drug」は「主作用である薬理作用のみを発現しながらも、いかなる状況にあっても副作用が生じない医薬品」、つまり「夢の薬」です。それを生物学や化学など物質科学を基盤にした現在の新薬開発の流れで創り上げることができるのかについては悲観的な意見が多いと思います。

寺田先生は、物質科学と共に、さらに「薬効に対する心理的な効果」も考えに入れるべきだとして「疑似薬品(プラセボ)効果」について述べられています。プラセボはラテン語の“placēbō”から来ており、その本来の意味は「私は喜ばせる/私は楽しませる」“I will please”という肯定的な意味を持っているそうです。

科学雑誌Naturevol.471, p672, 2011)にもDan Erlansonが小文“A Perfect Drug”を投稿しています。医薬品の未来像を考えてみようという小文です。

そこではある製薬企業が上市した抗精神薬Paxpharmaが問題になっています。PhaseⅡのデータから効果は期待できるのですが、原薬は複雑な化合物であるため十分な量の製造が困難であることが解ります。そこで製薬企業の担当者はある対策を講じます。上市後18か月の評判は上々です。ある日、担当者は役員会で報告します。「実は、Paxpharmaとして、これと外観は同じ糖の錠剤sugar pillを製造してこれをPaxpharmaとしてこれまで販売してきました。患者からの感謝状もきており、効果もあり、副作用もないということで極めて良好なのです。向精神薬のプラセボ効果は強く効いています。このsugar pillPaxpharmaとしてこれからも販売していきたい。ただし、本当のPaxpharmaも小規模ながら製造は続けます。」

この小文にはWhat you don’t know can help you.”という副題がついています。この副題を、その字義通りの意味とともに、寺田先生は「知らないことを知ることによって新しい展望が開ける」とさらに深い解釈をされています。さらに、「薬効に対する心理的な効果」としてプラセボ効果がありますが、薬剤師による服薬アドヒアランスのための活動によって「薬理効果を十二分に発揮させる」ことも重要だと指摘されています。

寺田先生は、京都大学医学部薬学科の最後の卒業生で、1960年に大学院に進学され、その後、研究生活に一生を捧げられました。薬の物性という基礎的な研究においても、単に“静的な物性”ばかりでなく,環境に応じて変化する“動的な物性”が薬効にとって重要になってくると視野を広げられ、「生体において生体防御システムと病原体との攻防という環境下で薬の作用をとらえることが必要であることも学ぶことができた。」とも述べられています。その広大な視野の先には「薬の作用に及ぼす環境を心の影響という観点から見ないといけない」として“薬効心理学”を提唱されています。

その新しい学問分野の進展に寺田先生が直接寄与される機会は、今ではなくなってしまいました。しかし、NPO法人システム薬学研究機構は、「このシステムはsystematicという意味だよね」という寺田先生の意思を大切にして、これからも活動を続けて行きます。


寺田 弘先生 御略歴

1936年大連市生まれ。
1960年、京都大学医学部薬学科卒業。
1965年、京都大学薬学研究科薬学博士単位取得満期退学。
1965年、徳島大学薬学部助手。
1967年、徳島大学薬学部助教授。
1986年、徳島大学薬学部教授。
2002年より東京理科大学薬学部教授。
2004年より東京理科大学DDS研究センターセンター長。
2013年4月1日から2020年5月31日 新潟薬科大学学長(兼学校法人新潟科学技術学園理事長)
2020年6月1日逝去(享年83歳)

国際薬学連合Lifetime Achievement Award in the Pharmaceutical Sciences (2002)
国際薬学連合フェロー (2005)
第3回世界薬学会議 Research Achievement Award (2007)
日本薬学会会頭
特定非営利活動法人システム薬学研究機構初代理事長